狂うまで夢日記

人間不適格

Bless me

黴臭い六畳間が最近の全て。

部屋に敷いている深緑色のカーペットは、グレートピレニーズのようにフカフカで、それが面白いからベッドの代わりに床で眠っている。エアコンを強くかけているから、毛足の長さは気にならない。浅くなる眠りに反比例して充足感が大きくなるのは不思議だ。スマホで開いたYoutubeの動画を片耳に付けて、回復体位のような姿で当て所無くしていると、自分がまるで、ロシアの東に居る大きくて獰猛な虎になったような気がして、そのまま悠然とした気持ちで眠りに付く。

 

思い出せないぐらい退屈な夢を見た後で、朝食を食べる為にポップアップトースターに2枚を挿し込む。1枚目はそのまま、2枚目は蜂蜜で食べたが、そのまま食べた方が美味しくて、少し損をした気分になった。今日は朝から遠雷が聞こえ、雲も湿った憂鬱な色をしている。台風が近付いてくるようで、木々や木の葉はその身体を持って、規模の大きさを知らせている。

干してあった洗濯物を取り込み、昨日の夜に回しておいた洗濯物を干す。そうやっていると11時手前になっていたので、早めの昼食を作る事にした。一度立ち止まってしまうより、動き続けていた方が幾らか楽だと気付いたのは最近だ。


袋の1/3分だけ残って少し黄色くなっていたピーマンと、1/4にカットされて萎びていたキャベツと、いつから冷凍されていたか思い出せない豚肉をオイスターソースと酒で炒めた。廃棄寸前の食材を使い食卓に並べる行為を、調理では無く、救済だと思った。

早めに昼食を済ますと、手持ち無沙汰になってしまいがちだが、今日もそうだった。また虎のようになってスマホを眺めても良かったが、少し外に出ようという気持ちになった。バスの時間は10分後で、慌てて寝癖を整えて、さっき取り込んだ物で手前にあったのを上下共に選んで玄関を開けた。そうすると愉快に前髪が風に踊って、「ああ、台風」という気持ちになったし、少し唇を噛んで鉄の味がした。だけど、雨は降って居なかったし、外出したい気持ちが勝ってしまったから、折り畳み傘だけ持って出掛ける事にした。

 

駅ビルに入っている本屋で様々な本を読んだ。おすすめの観光スポットや、欧州サッカーの潮流、最新鋭の鉄道車両。あとは漫画や文庫本のブックカバーを眺め、気になった作品はパラパラと捲ってみたり(書き出しは普遍的に面白いので、書き出しを読んでも作品の善し悪しは解らない、と芥川賞を取った芸人さんが言っていた)、評判を調べたりした。
2時間ぐらいを過ごして、充分に満たされた気持ちになったし、少し喉が乾いたので、フルーツパーラーでジュースでも飲もうと思った。そうやって、駅を東西に貫いている連絡通路を歩いている時、向こうから歩いて来ていた女性がマスクを外し、僕の名前を呼んだ。

 

高校の頃に付き合って居た彼女とは、全く連絡が取れなくなっていたから、もう二度と合う事も、喋る事も無いだろうと思っていた。事実、同窓会にも来ていなかったし、これまで色々な手立てを取って探そうとしたけれどまるで駄目で、諦念という二文字がグルグルと頭の中で回っていた。だけど気紛れに僕の目の前に現れたそれは、表情をコロコロと変えながら喋っていて、高校時代と変わらない物を感じさせた。お互いの近況を語り合う中で、今日は外出して良かったなあ、とか、ヒゲを剃っておいて良かったな、とか、流石にもうちょっと洋服に気を付ければ良かった、とか、そういう事を思った。だから、彼女の話の8割は覚えてない。
彼女はこれからバイトだと言っていたので、僕は歩きながら慌てて連絡先を交換して、ローソンで飲み物を買って、時間までベンチに座って少し喋った。フルーツジュースが飲みたかったけど、格好つけて炭酸水を飲んだ。
3年か4年か、もうそれぐらい会って無かったけど、会話は雪解けの水を湛えた小川のようにサラサラと流れて行ったし、それをとても心地良く感じた。30分も喋って無いと思うけど、気力を注入された気がして、本当に太陽のようだ、と思った。(僕はこの太陽の陽射しで散々日焼けしたし、蝋で固めた翼を溶かされ地面に強くぶつかりもした。)

 

食事の約束を強引に取り付けて、彼女はバイト先に、僕はバス停に向かって歩いた。チラッと後ろ姿を盗み見て、ああ、こういう歩き方だったなあ、と思った。

帰り道の途中から、強く雨が降って来て、僕は全く悲しく無いのに雨が降るなんて変なの、と今思い返すと訳の分からない事を思った。

 

黴臭い六畳間に木漏れ日の匂いが差し込んだら良いな。